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 私は幽霊より宇宙人がこわい。

 スチュワートハイウェイという、オーストラリアの中心部の砂漠を縦にまっすぐ突き抜ける、有名なハイウェイがある。そのど真ん中にぽつんととある小さなバーがあるのだが、そこの従業員約2名はどうやら宇宙人のようだ。いやマジで。
 そのバーは申し訳程度のレストランも併設されており、すぐ外にはガソリンスタンドとキャンプ場という、規模は小さいながら旅の休息場としてはソツのないエリアにあった。このあたりの地下水は衝撃的にまずく(コントレックスに銅パウダーをミックスしたような重い味)、天然のわき水はおいしいものだと思っていた私の既成概念はさらりと打ち破られた。土地柄キャンプ場も決して安くはなかったけれど、後にも先にも数百キロは宿どころか辺り一帯は砂と砂利の世界だったから、必然の中継点として寄らざるを得なかったのだが、たとえすぐ先に大きな街があったとしても、相棒が「砂漠の真ん中に世界各国から輸入したビールが常時100種類以上ストックしてあるバー」というコピーにすっかり魅せられていたので、どうしてもここに寄ることにはなったと思う。
 そこから数十キロ離れたところに巨大隕石跡があり、その周辺もたびたびUFOが目撃されていることで世界的に有名で、件のバーはそのスポットに便乗した形で宇宙やエイリアンをイメージしたコンセプトバーを目指しているようだった。しかしその目論みはけっして成功しているとはいえず、バーにしてはやけに明るい照明と、繋がって併設されたレストランのさらに明るい蛍光灯の相乗効果で、バーというよりむしろコンビニのような健全な雰囲気を醸し出していた。壁にぽつりぽつりと張り付けてあるエイリアンキーホルダーや、おそらく1年中このままなんであろうクリスマスを彷彿とさせるきらびやかな赤緑のデコレーション、入り口付近の「WELCOME」と書かれた大きなエイリアンのイラスト看板など、とにかくあらゆる演出のすべてが陳腐で安っぽさだけを増長、室内のコスモワールドは小学校学園祭レベル。適度に人が入っていたけど、破壊力の強い似非コスモワールドのオーラに「砂漠のど真ん中で100種類以上のビールが揃ったバー」という魅力をもが押しつぶされそうになっていた。それでもここにビールがあるという事実は存在するから、気を取り直してとりあえず私はアサヒを、相棒はクーパーズを注文。バーテンダーの一人がロンパリがかった目で訝しそうに一瞥くれながら栓を抜いて私にアサヒを手渡す。「日本人?」と聞いてきたのでうなづきながら「砂漠の真ん中でアサヒが飲めるなんて思ってなかった」と返事をしたらうれしそうに笑った。そして相棒が「このロケーションでこんなにも豊富な種類のビールが揃ってるってすごいね」といったら、脇に居たもう一人のバーテンダーが「よくいわれるよ」と営業スマイルで即答。愛想がよくて悪い人たちではなかったと思う。だけど、それを機にたまたまカウンターの隣で飲んでいたおそらくオーストラリア人と思われるオジさんがお気に入りのジャパニーズビールについて話しはじめたところから様子がおかしくなった。ひととき和やかな会話が続いてたと思っていたら、てっきりビール好きなのかと思っていたここのバーテンダーたちがビールの事はあんまり知らないどころか好きでもなく、さらに実は飲みもしないことも判明。え?ビール好きじゃないの?と驚く私たちに、必死に取り繕うとしているバーテンダーたちのその様子が余計に私たちをシラケさせ会話が途切れてしまい、彼らは心底バツが悪そうな顔をしていた。「自分たちはビールについて詳しくあるべき」という理想に押しつぶされそうな彼ら心持ちは、日々自意識と虚栄心に戦いを挑みながらも負けっぱなしの私にとっては非常に共感できるものだったけれど、それにしてもじゃあなんで彼らはここでこのバーをはじめたんだろうと訝しく思ったが、どうも聞かないほうが良さそうなおかしな雰囲気で、私はそれを機に相棒を残してカウンターを離れた。
 そしてその後グラスを片手にバーの中をひとりうろうろしていたら、ピアノの影にひっそりと隠れた狭い通路を発見。立ち入り禁止にはなっておらず、興味本位で中を覗き込んでみたら、すぐ突き当たりに人形の館と書かれた入り口が見えた。どうやらオーナーは人形コレクターで、世界中から集めた人形たちを8畳間ほどの部屋で一般公開しているようだった。中途半端な暗がりに灯る薄暗いサイケカラーの照明と、レストランから射込む真っ白い蛍光灯のコントラストが、バーよりも数段怪しい奇妙なコスモ空間を創り上げていた。その人形館の入り口脇には掲示板がおいてあり、そこには「ありえないくりぬき方でえぐられた牛の腹」とか「宇宙人に身体検査された痕が残っている背中のアップ」とか「インプラントを埋め込まれた男の子の後頭部」とかいった気味の悪い古ぼけた写真付きの切り抜きが、所狭しと並べられていた。そのずらりと並んだ写真の生々しさに目が釘付けになり、薄暗い明かりを頼りに目を凝らして取り憑かれたように記事を読んでいたのだが、ふと顔を上げると、すぐ脇の入り口から見えるコレクション人形たちの瞳が、薄暗い裸電球の光にぼんやり浮かび上がり私の方をじっと見ているようで、そのあまりに不気味な雰囲気に周りの気温が一気に急降下、私は怖くなって大急ぎで明るいバーに戻った。健全なあかりにホッとしながらも、あの人形たちの目が強迫観念となってずっとうすら寒いまま、極度の恐がりの私はいつものごとく被害妄想じみた考えがぐるぐると脳内をまわり続け、火の無い所に煙は立たないという慣用句が頭の中から離れなくなってしまった。
 もう外は暗くなりはじめており、夜行性の動物たちはそろって活動をはじめるため、ハイウェイでは本来、夜は走るべきではないのだが(大動物を轢いてしまうと車が深刻なダメージを受けるから)、私が「今晩は絶対ここに泊まりたくない」と言い張ったため、次の宿泊施設のある約400km先に向かって夜な夜な出発。用心はして悔やめというし。

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 先日、友達にもらったハワイ土産のTシャツを着て郵便局の列にならんでいたら「ちょっとすみませんが、アナタもしかしてエアフォースですか?」とアーミー帽をかぶった50程の男に話しかけられた。ぜんぜん意味が分からずモタモタになっている私にかまわず、彼は私のTシャツについてとマーシャル島とグリーンランドについて延々と語っていた。なんだったんだろう。勧誘?
hawaiiT.jpg
何かわかる方教えてください。

 当時、同居人のもくちゃんは、傍から見ていてもモテまくっていたようだった。彼のターゲットである男性陣からではなく仕掛けてくるのは主に女性陣からのようで、家にいてもしょっちゅう携帯にでないもくちゃんをよく見かけていたので「友達にそんなに頻繁に理由もなく電話居留守使うヤツは刑罰に処すよ」といったら「彼女らは友達でもないし彼女たちの用件も知っているけど、一度電話にでたら強いこと言えない僕だし、あんまり期待持たせてもかわいそうだし、だからでない」と、モテる男のやさしい余裕を見せつけられ、すかした澄まし顔のもくちゃんにむかついた私は「そんなんだからいつまでたっても童貞なんだよ」といってやったら「それに今は片思いしている人がいるから」と返事が返って来た。彼の片思いしている相手というのは仕事場の上司で、その上司もゲイらしいがもうパートナーがいて一緒に暮らし始めてすでに8年経つという。「8年も同棲していたらゲイの世界では結婚しているも同じ」と彼は大きなガタイを晒しながらうじうじと悩んでいるようだった。
 ある日「どうしよう彼と約束しちゃった今日。断れなかったよ!どうしようどうしょうどうしよう!」と家に帰って来るなり大声でわめきだしたので、いったい何の話かと聞いてみたら、その片思いの彼の方ももくちゃんに以前から興味を持っており、今晩食事に誘われたので了承してしまったというのだ。ぎりぎりまで行くべきかどうか悩んでいたもくちゃんだったが、職場の上司だしどんな結末になっても決着つけるべき、とぼそぼそ呪文のごとく唱えながら結局、乳首が見えそうにスケスケのブラックのシースルーに着替えて出かけて行った。
 深夜に帰宅したもくちゃんの顔色は暗く沈んでおり、次の日、何度もなる携帯電話にも送られてくるSMSにも見向きもせず、とうとう業を煮やして夜11時頃訪ねて来た男(おそらくその上司)にも居留守を使い、昨晩何があったのかうっすらと悟った私は、彼の純粋さと不遇さにあまりに苛立って訳もなくエスタ(いじられ猫)に八つ当たり。以前、私が失恋して沈んでいたときにもくちゃんは花束を買って来てくれたので、今度は私が花束を買って来てあげよう、と思いながら就寝。
 
 数週間経って「今すごくヤリたい気分でいっぱいなんだけど、M川は?」と聞いて来たもくちゃんに、私はその日は疲れていたけど元気を取り戻しつつある彼を無下には出来ず「じゃ男狩りに行こうか?」と二人してお酒をあおり、夜のクラブへと出かけて行った。
 そしてクラブのバルコニー席に座り「このムラムラ度100%越えな欲求不満のねっとりとした視線を目の前を通り過ぎる男たちに送りながらその反応を楽しむ」という地味なプレイを2人して堪能。どちらのムラムラ光線がより強力かを競っていたのだが、結局むなしくもいつものごとく2人とも収穫がなかったどころか、通り過ぎてゆく男たちからは、不気味なものを見るかのような視線、哀れむような視線を投げかけられただけだった。あんまりにがっかりしたので、その残念な気持ちを表す気の抜けたへろへろ踊りを二人で開発、そしてその後ダンスフロアでそのへろへろ踊りを10分間程披露して帰宅。

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 こっちにあるクラブとラウンジは区別がつかない。昔のディスコがクラブに取って代わられたように、そのうちクラブもラウンジへと交代する日がやってくる気がする。

 ムツゴロウさんに匹敵するほどの、動物好きの知り合いがいる。彼女は、私と相棒の共通の友人の奥さんで、だから知り合いといっても会ったことは数える程度。でも、普通の一軒家でブルータン(たぶんとかげのでかいやつ)やら、タランチュラやらを飼っている一般人は、私は他には知らないので、彼女の印象は今でも強烈に残っている。彼女の家には一度だけいったことがある。閑静な住宅街にあった彼女の家は、景観をそこなうというほどではないけれど、荒く切り抜いた写真を乱雑に絵本に張り付けたような、場違いなような変な違和感があった。
 彼女は小柄で、たぶん身長は150cmとちょっとの、かわいい顔をしたオーストラリア人で、小さな彼女の体系からしても比率がちょっとおかしいくらいに手だけがさらに小さかった。オーストラリア人の母とドイツ人の父を持つ彼女は、どちらかというと父似であるようで、私のドイツ人のイメージそのまま、眉間にしわを寄せながら、薄いその唇でどんな内容であろうといつでも論理的に淡々と会話を進める。「今日うちへ遊びにくるって聞いていたから、パイソンに餌をやるのを待ってたんだ。もしかしたら、アナタたちのどちらかが、餌やりしてみたいかなぁと思って」といったけど、私は、大蛇に冷凍ネズミを電子レンジで解凍して食べさせてみたいとはぜんぜん思えなかったので、彼女の親切な申し出を丁寧に辞退、そして断りきれなかった相棒が泣きそうな顔で、冷凍ピザの隣にあった冷凍ネズミを袋から出してお皿に移していた。
 彼女の家には普通に放し飼いの犬や猫もいて、数えてないけれどおそらくぜんぶで10匹ほどいたと思う。あと広いバルコニーに、たぶんオウムとかインコとか、鳥類が20羽程度。ネズミやフィレットやハムスターやその手の小動物もたしか10匹程度。家中をくまなく見たわけじゃないけど、名前のよくわからない動物が何匹かほかにもいたと思う。
 蛇の餌やりが終わった頃、彼女が「とっておきがあるんだ」といって、地下室から小学生が使いそうな、プラスチックでできた小さな昆虫カゴを持ってきた。中身はほとんど土で埋まっていて「まんなかに潜ってるのかも」といいながら、彼女はおもむろに緑色の蓋を開け、素手で土を堀り始める。私は、何が入っているのかは知らないけどそんなにまでして見なくていいんだけど、と思っていたけれど、彼女が小さな指をゼンマイ仕掛けのように規則正しく細かく回転させながら土を無言で掘り続けるその様子に、取り憑かれたように目が釘付けになってしまい、結局作業が終了するまで黙って待っていた。中からでてきたのは、背中が虹色に光っている特殊なゴキブリで「ね、きれいじゃない?」といいながら彼女はそれを手のひらにのせて、爪に土のはいった小さな指で、その背中をそっと何度も何度もなでていた。バルコニーの床に広げられた発掘後の残骸の土山には目もくれず、ずっとそのゴキブリの背中に見惚れている彼女を見ながら、ああ彼女は本当に動物が好きなんだなと思った。そのゴキブリがそのままうっかりどこかへ飛んで行ってしまったら彼女はどうするんだろうと、ちょっと心配にもなった。

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その彼女は今は一児の母!
 

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 今日の最高気温は42度、干からびそうに暑い。たとえのどが乾いてなくても継続して水を飲んでさえいればそれほどの暑さで死ぬことはない、という3年前に学んだアボリジニの教えを忠実に守った一日。

 夜中の1時ごろ、友人のシリアの家へ向かって2人並んで急いで歩いていたら、通りすがりの車にナマタマゴを投げつけられた。最初いったい何が起こったのかわからず、暗闇の中べっとりとしたそれのにおいを嗅ぎながら、知ってるにおいでも見えないというだけで、すぐには何なのか思い出せないものなんだなぁなどとぼんやり考えていた傍らで、シリアが走り去ってゆくその車にファックユーファックユーを繰り返し大声で怒鳴っていて、その様子にはっと我に返った私は「やめてよ、怒って戻ってきたらどうするの」と必死に彼女をなだめすかした。車の窓は4つとも全開で、狂ったような馬鹿笑いが遠くに聞こえる。「なんにもしてない私たちに向かってあの仕打ち、許せないよ!なんで止めるの、怒って当然」というシリアに「今日は運が悪かったと思って」と彼女とそして自分にも言い聞かせながら、ふたたび家路を急ぐ。とか大人ぶって他人を諭していた私だったが、生卵が肌の熱にあぶられて時間の経過とともにひどくなってゆく悪臭に、遅まきながら怒りがムラムラと沸き上がってきて、やっぱり私もひとこと怒鳴っておけばよかったと後悔しはじめた。でも私たちはおんな二人だけだったし、相手は男女2人ずつの4人組だったし、ナマタマゴを投げつけようなんて考える連中だったんだし、夜中の1時だったし、やっぱりぐっと我慢でよかったんだと思う。気の小さいSはたいていが内弁慶であるように、私も御多分に洩れずその通りで、跪くとわかっている相手じゃないと怒鳴ることすらできない。ほんと情けない。
 でもやっぱ腑に落ちない、やっぱ許せなーい!と、自分の気持ちに区切りを付けられないままいったりきたり、悶々と過ごした夏の夜。


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 書類を取りにいく関係で(またか)、バスを乗り継いで乗り継いで過ごした1日。片道1時間半ですむはずの道のりを、危ないエリアのバスに乗り継ぎたくないばかりに、2時間半かけて3回も乗り継いだ。今日の最高気温は44度。コンクリートの照り返しに朦朧としながら、ただ目的地のみに視点をあわせひたすら無言で歩く。300mlのペットボトルの水なんてケチケチ飲んでも1時間で飲み干してしまう。たくさんの水を携帯していればそれだけで疲れてさらに水が飲みたくなるという悪循環。

 午前中は何の問題もなく乗り継げたバスだったけど、帰りの午後からは待てど暮らせどバスが来ない。大方どこかでオーバーヒートしてるんだろう、忙しい大通りのバス停留所に座って、もうひとりヒスパニック系中年おばさんとともに、熱に浮かされげんなりとしながらバスを待っていたら、一台の4DWが近づいてきて、隣のおばさんに無言で車窓越しにミネラルウォーターを手渡し「ありがとう」を聞くまでもなくすぐに行ってしまった。「知り合いなら乗せていってあげればいいのに」なんて、山のような荷物をもったおばさんを横目に気の毒に思っていたら、今度はその辺のホテルで働いているっぽい服装の男がやってきて、おばさんを見るなり「ハイ」と1ドル札を手渡した。私はそのときよようやくああこのおばさんはホームレスなんだと思い当たったが、そういえば服がボロくて言われてみたらちょっと匂うかもしてないなんて、仲間はずれにしているターゲットを知ると急に手のひらを返したように態度が変わる中学生のような自分の偏見ぶりにあきれながら、でもいつもここに居るんだろうか暑いのに、とちょっと気の毒にもなった。その彼はその後もポケットの中をまさぐりつづけ、別のぐしゃぐしゃの今度は10ドル札を発見。バス賃でも用意しているのかと思っていたけど、「あーこれもあったからー」となにかのついでのようにまたおばさんに差し出し、当のおばさんは「いいよーもう、そんなにいらないよー」なんてへらへら笑って遠慮していて、おもわずちょっとそこって遠慮するとこ!?とツッコミそうに。結局それでも彼はいいからいいからと無理矢理彼女のバッグにねじ込みすぐ来たバスに乗っていってしまったけれど、私はその後も別のバスを待たなきゃいけなくて、彼女の隣に座りながら、今までホームレスに寄付などしたことなかった自分について悶々と考え込んでしまった。自分は冷たい意地悪な部類に属するということは自覚していたけれど、もしかして本当はそれを遥か上回るものすごい冷酷な部類に入るんだろうか。

 それから1時間たってようやくルート105がやって来た。もう一回乗り換えないといけないのに暗くなる前に家にたどりつけるのかなーどと不安げに考えていたら、いやな予感が的中、発車10分程にしてバスが不意に停車した。ため息とともに車内はブーイングの嵐。黒人の車掌が「返金はする、苦情はやめてくれ」「俺の所為じゃないのわかるだろ、バスがボロいのも、暑いのも」などと大げさな身振り手振りで言い訳しながら「今日オーバーヒートはこれが初めてじゃない、30分ほど待てば発車できると思うから」と言いたいことをさっさと伝えて、彼はバスの外に出て煙草を吸いながら携帯でバス会社に連絡をとりはじめた。行き場のない怒りに沈む社内には15人程度、何人かはすでに別の路線に向かって歩きはじめていて、残りの乗客は家にメールしてたり、呪いごとくなにか唱えながらバスのドアを蹴り続けていたり、ひたすた暑さに耐えて待っていたり、エンジン音とブーイングが終了した社内はそれなりに落ち着いていた。私は相棒に愚痴メールを送信したりして時間をつぶしてたけど、バスは30分たった今でもエンジンがかかりそうもなく、エアコンの切れた車内は、ここは男子高の部室?と思うほど汗臭いよ!と、隣のお兄さんにぐちぐち愚痴っていたら、いやここはフリーサウナだからと汗をかきながらにっこり微笑むそのまた隣のブロンドガールに、サウナならみんなで脱ごうよぉなんて答えてる後ろの中年のしょうもない切り返しに心底ぐったり、気のきいた報復ワードを考える気力もなく、いいかげん喉が渇いてきた私は「水買いに行きたいんだけど、あと10分ほど大丈夫?」と車掌に聞いたら、大丈夫だと思う、行っておいでといったので、かばんをつかんで歩きはじめた。後ろで車掌が「戻ってくるんだよな?」と大声で聞いたので私が大きくうなづいたら、こっちへ走って駆け寄ってきて「これで買えるだけ水買ってきて、みんなに」と10ドル渡された。いいとこあるじゃんと彼を見直しながら、800mほど先のガソリンスタンドに向かう。10ドルじゃせいぜい10本、でもバスにはたぶん15人くらい。件のホームレスの件で少しばかり思うことのあった私は、ぜんぜん関係もないけど足りない人数分を払うことにした。必死のおもいで重たい15本のボトルを持ってバスに戻るとエンジンが復活していて「グッドタイミングだったね」という車掌に私は15本のボトルの入った袋をのぞかせ二人顔を見合わせてニヤリ。立ち上がり振り向きざま、みんな待ってた甲斐あったぜーと叫ぶ車掌につられるように私はボトルの入った袋を高く掲げ、大きく沸き立つ車内に背中をたたかれながら水を配ってまわった。1本たった89セントの水で大喜びなアメリカ人、そのあんまりな単細胞さが素直にうれしかった。その後車内は、一種不気味なまでの連帯感と穏やかな空気が始終流れていた。


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