私は旦那を共同所有してもかまわないと思う女友達が3人いる。そのうちの一人がイタリア系ブラジル人のシリアで、図書館秘書だったスージーが彼女をワンダフルクレイジーと形容したが、この凡庸なワードの羅列が、変わり者の彼女に意外にしっくりとくる。
隣の席だった彼女はクラスでは最年長の33歳で、私が初めて学校へ通う事になった日の授業中、教科書も開かず女性週刊雑誌を読んでおり、サハラの主人公の写真の載ったページを開き、私次はこんな彼氏が欲しいんだよね、いいよね彼、とぶつぶつ独り言を言ったかと思うと突然大声で泣き出し、どうしたのかと駆け寄るジョアン(先生)に、私今日ちょっとホームシックなんだけど、帰っていい?と返答したと同時に立ち上がり泣きながら荷物を鞄にまとめ、呆然とクラスメイトがなりゆきを見守る中、授業開始から10分後には教室を出て行ってしまった。次の日、彼女は昨日あった事がまるでなかったかのような晴れ晴れとした笑顔で登校。「大丈夫?」と一応の社交辞令の声をかける私の質問には答えず「今日の夜クラブ行かない?」と聞いてきた。そのころ件の香港ハウスに帰りづらかった私はOKの返事をして、その日を境に私とシリアの仲は急接近、毎日のようにつるんで歩く小学生のように仲良くなった。
とにかく彼女はいつでもポジティブで、見習うこと学ぶことはたくさんあった。彼女を通してブラジル人哲学?というものも学んだ。たとえば、街中を歩いているとして男がじっと自分を見たとする。私だったら「私の格好どこかおかしいんかな」と思うが、彼女の場合は「私のことが好きなのね」と思考回路が真逆であるようだった。「じろじろ見るのは興味のあるしるし」「変な格好の女をずっと見ていたいなんて訳ない」ということらしい。ブラジルのバーで男をじっと見つめていたら「この女は俺に気がある」という風になるらしいので、ブラジルへ旅行するときは自分の視線の行き先に気を配り、変な人をじろじろ見て勘違いされないよう、十分気をつけようと思う。
そして彼女を通して彼女の友達のブラジル人たちとよく遊び回るようになり、私はその中で唯一の日本人だったが、くるもの拒まずの彼らにすんなりと受け入れられた。シリアの仕事仲間でもあった彼らはブラジルでは上流の生活をしていながら、オーストラリアではお金が続かずお皿洗いやトイレ掃除をしたりして生活費を稼いでいてた。もし私が彼らの立場だったら私は、お金に不自由しない生活からトイレ掃除をして生活費を稼ぐ生活を受け入れられるかどうか自信ない。
バーやクラブで飲むと払いきれなくなるほど彼らは底なし笊だったので、安くあげるためにまず買ってきたお酒を誰かの家で飲み、勢いづいてきたところで夜の街へ繰り出す、そんな風にして毎週のように一緒に過ごした。シリアは、私がシリアを通さず彼らと直接会うとなぜか怒ったように不機嫌になり、M川は私が見つけてきた友達なんだからと、時おり子供のような独占欲を見せ、そのとき彼女には彼氏も居てたので、彼女はストレートよりのバイセクシャルなんだろうなぁと思ったのでその旨を伝えたら「ゲイはゲイ、レズビアンはレズビアン、ストレートはストレートでしょ!私はバイセクシャルなんて認めないよ!」と言ったので驚いた。
平均的な日本人とブラジル人では、セクシャルに対する感覚がかなり違うようだった。一度うちでホームパーティをしたとき、既婚のオーストラリア人男性が、よっぱらってうちのもくちゃんにディープキスをかました。それをみて日本人勢(男女3人だったけど)は大喜びでヤジを飛ばし、反対にブラジル人勢(主に女性、5人くらいいたかな)は真っ青。その反応が両極端で興味深かった。「彼は結婚してるくせに男にキスするなんて信じられない」「まだ女にキスするならともかく」ということらしい。
あと驚いたことと言えばトイレ時。多くのオーストラリアの家は、6畳間程の空間に、バスタブとトイレが一緒に設置されている。彼女がうちにずっと入り浸っていた時期があって、ある日の午後、シークレットガールズトーク、主に彼女がブラジルに残してきた2人の彼氏のことを飲み物を取りにいくタイミングも見つけられない程、居間でくっちゃべっていたところ、いきなりシリアが「ちょっと場所変えよう」といきなり会話をぶちぎって私をバスルームへ誘導。私のために折りたたみ式のいすをそこに広げ、自分はそそくさと便器に座って用を足しだし、小さなジャーという用足し中の効果音に並列して「そういえばそのときにさー」と彼女は普通に話しを再開。ブラジル人てみんなこうなんですか。
ところで、最近どうもレズビアンという単語でここへたどり着く人がけっこういて、がっかりして帰る顔が目に浮かぶようで申し訳なくなる。これからはちょっと気をつけたいと思う。
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