Lightning Ridge ライトニングリッジ ライトニングリッジ 200606
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 昨日、今日と、書類の手続きの関係で東京へ行っていた。東京には以前10年ほど住んでいて、今回は2年ぶりの訪問。久々の東京で変化にもっと驚くだろうと思っていたが、お店など細かいところは変わっているものの、池袋は池袋のまま、東京は東京のままだった。しっとりと重たい空気に漂う都会独特のかすかな腐敗臭、固く洗練された人々の表情、隣人との近くて遠い距離感、とか。

 電車を待っていたら、前に並んでいた人の頬にあるほくろから、3cmくらいの白髪が5本も生えていることを発見してしまった。一つの毛穴から5本の毛が生えるのって可能なんだろうか。


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彼がその5本の毛を切らない心持ちを神妙に考えてしまった。
 

テーマ:東京23区 - ジャンル:地域情報


 帰省してあっという間に2週間が過ぎてしまった。祭り文化の日本サッカー熱と、田舎親戚パワーに振り回されてぐったり気味な週末。でも充実感いっぱいのけだるさ。
 あともう1週間めいっぱい地元生活を楽しみたいと思う。

 一昨日、近所の郵便局で、小学校と中学校が同じだったさっちゃんを見かけた。さっちゃんとは特別仲がよかったというほどでもなかったけど、何度か同じクラスになったこともあって、今でもフルネームをすぐに思い出せるくらいには彼女の事を覚えてた。懐かしくって話しかけたかったけど、彼女はヒステリックに子供を叱りつけている真っ最中で、いくら私でも小さな郵便局中が彼女の叱りっぷりに引き気味で静まり返ってる中、気軽に声をかける事はできなかった。周りに苛立ちを隠そうともしないその様子に、彼女は今しあわせなんだろうかと余計な心配をしながら、そういえば中学の頃、さっちゃんをガラリと変えてしまった小さな出来事を思い出した。
 当時さっちゃんは、クラスでもおとなしい目立たないタイプの子だった。肩ほどあるちりちり天然パーマにクリクリの目がチャームポイントと言えなくもなかったが、エラが張った顎とガリガリの体で、いつも血色の悪そうな肌に平凡な顔立ち、おしゃれに疎くて、よくマセたクラスメイトに「さっちゃんたまにはリップくらいつけてきたら?」と偉そうにいわれたりして、でも静かでおっとりしていた彼女は「うんそうだよね」なんて素直に返事してたり、そんなタイプだった。そしてある日の休み時間、クラスメイトのマユ(だったと思う)が暇を持て余して「さっちゃん髪結ってあげる!」といって慣れた手つきでささっとアップにしながら「さっちゃんほら、やっぱり似合うよ!すっごいカワイイ!いつもこうしておいでよー鏡みる?」「ね、いいでしょ!少しこうやって手をかけただけで別人みたい!カワイイ!」なんてマユも調子者だったから、そのときさっちゃんをもう褒めて褒めて褒めまくった。確かに彼女はアップにしてた方が似合ってたと思う。そしてたぶん彼女は、今までアカの他人にこんなにカワイイカワイイって連発されたことはなかったんじゃないか、次の日、三つ編みをいくつかうねうねと頭中にまわし張り付けたような芸術的に凝った髪型をして登校。マユがそれをみてまた「似合うよー!自分でやったの?」「すごいじゃん、ね、毎日そうしておいでよ」と再びこれ以上ないくらいの賞賛の嵐、はにかみながらうれしそうにしてる彼女を、そのときまではみんな、よかったね、と暖かい気持ちで見守っていた。
 でもその後、彼女のオシャレは異常なくらい急激にエスカレート。1週間ほど代わる代わるいろんな髪型を試した後、少し茶髪にしたり、でもそれでは物足りなかったのかその1ヶ月後には黄金と呼ぶにふさわしい存在感際立つゴールデンカラーに髪を染め上げ、スカートはもうギリギリまで短くなり、ワルい感じの男の子たちとも付き合いだし、先輩にも呼び出されたりしたがそんなことはものともせず、彼女のオシャレに対する情熱はとどまるところを知らなかった。
 その後彼女とは別々の高校へ進学する事になり、中学校を卒業してからは会う事もなくなってしまったが、2年後くらいにたまたま駅で彼女を見かけたら、真っ赤なミニスカートで真っ白に化粧してひとりでタバコを吸っていた。もともと痩せてた彼女がさらにガリガリになっていて、血色の悪いひょろひょろの足と鮮やかな赤のミニスカートの対比的なコンビネーションが、まだ17歳の彼女を気の毒なくらい貧相に見せていた。「大人っぽくなったね」と社交辞令を交えつつ遠慮気味に声をかけたら「そうかな」といって痩せて窪んだ目で卑屈そうにわらった。なんだかそんな彼女を受け入れられない自分が悲しかった。 
 一昨日のその後は結局、彼女は私に気づかないまま郵便局から出て行ってしまったけど、あの中学時代の彼女の人生の分岐点を、彼女は覚えているんだろうか。

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やさしい、いい子だったから、幸せにやってるといいなと思う。
 



 書類の手続きの関係で、一時帰国している。もろもろの審査を待っている間、実家の私の部屋の荷物を整理していたら、小学校6年生の時の卒業学級文集が出てきた。「わたしは空想するのが好きです」と書いてあり、軽くへこむ。。そしてそのあと「だから将来は、絵本作家になりたいです」と続いていて、そっか、小学生の頃の私はそうだったかも、と思い出して、夢を叶えてあげられなくてごめんね、とちょっと切なくなった。今の私は、空想どころか妄想も得意でさらに切ない。

 6年生だった私の文字は、漢字練習帳のひとマスひとマスを几帳面に埋めるようにカクカクとした文字でおじいちゃんを思い出した。
 うちのおじいちゃんはやけに達筆で、私はそのおじいちゃんに幼稚園の頃から文字を習っていたので、小学校に入り立ての頃私は先生ものけぞるような、6歳に似つかわしくない文字と文字が繋がり流れるような行書体だった。小学校に入ったら「もうMちゃんはおじいちゃんに習わなくても先生がおるな」といってそれっきりおじいちゃんの膝の上で文字の練習をすることはなくなってしまったけれど、小学校低学年で大人から「Mちゃんは字がじょうずね」といわれ子供らしく調子よくなっていた私は、とうぜん文字を書くのが大好きで、おじいちゃんから文字を教えてもらうことがなくなった後も、学校からあたった練習帳のきちんとした楷書体をえんぴつで一生懸命なぞって一生懸命練習した。6年生の文集を書いた頃はもう、おじちゃんに教えてもらった流れるような行書体は見る影もない、6年生らしい楷書体だったけれど。
 おじいちゃんはきちんとした厳しいひとで、なんでもちゃんとやらないとものすごくしかられた。当時私は幼稚園児にして、それを間違った方向に受け止め祖父に媚を売るようなかわいくない子供だったけど、おじいちゃんはそれでも私がかわいくてしょうがないようで、毎日「今日は幼稚園で何があった」と聞くのが日課だった。たまには報告するようなこともない日があったりして、でもなにも言わないと怒られると思ったから、たまたまその日は「今日は先生がへびのお面をかぶってね」「こうやってこうやって、先生が動くとそのへびも一緒にうにょうにょって動いたんだよ」とか幼稚園らしい話をつくって、おじいちゃんはそれをそれは楽しそうに聞いていた。なんでこんなに詳しく当時の内容を覚えているのかというと、そのときおばあちゃんが隣の部屋でそっと、私とおじいちゃんのこの会話をテープに録音していたのだ。私の嘘の作り話を。それを楽しそうに聞くおじいちゃんを。私はぜんぜん気づかなかった。おじいちゃんも気づいてなかったんじゃないかと思う。そして中学生の時おじいちゃんが亡くなって、そのときにおばあちゃんが奥の部屋でこのテープを聴きながら、おじいちゃんを偲んでひとり泣いていた。そのとき初めて、あの時の会話をテープに録音されていたことを知った。少し聞いてすぐ私はあれは作り話だったんだと思い出し、申し訳なさに胸が刺されたように痛んだ。おばあちゃんそれ、嘘の作り話なんだよ、おじいちゃんに怒られると思ってそれが嫌でその場で適当に作ったの。静かに泣いているおばあちゃんに気づかれないように、私は陰に隠れて、テープを聴きながら子供の頃の自分を心の中でひどく詰って責めた。それからも、そして今でもそのテープはおばあちゃんの宝物。ときどきはそのテープを出しては聴いて、おじいちゃんを偲ぶ。そして私の懺悔の時間!がはじまる。
 今まであの話が嘘の作り話だって言うことを、誰にも話せずにきて、今日ここに初めて書いた。おばあちゃんに正直に言って謝るべきかな。でもおばあちゃんの宝物を破壊するようで怖くてできない。取り返しのつかないことしちゃった。私がお墓に持ってくつもりの話。おじいちゃんおばあちゃんごめんなさい。二人とも大好きなのに。


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日本への帰省時は、いつもなんらかのセンチメンタルに襲われて切なくなる。。
 


テーマ:小学生日記 - ジャンル:日記


 6月6日の続き。
 
 要は、うち周辺のエリアがかなりガラが悪かったので、DJ.Tが、夜行性の猫たちを、夜間は家の中で保護してたいとのことだった。そして通りすがりの誰かが使用済みの注射器をうちの前に捨てていったその日から、犬たちもジャンキーに絡んで殺されたらいやだからと、やっぱり夜の間だけでも家の中に入れたい、とのことだった。今までも彼らは家の中を出入り自由だったけれど、犬たちはたいてい昼間は裏庭につながれていてDJ.Tの気が向いたときにだけ鎖をはずされていたし、猫たちも日柄入れ替えで出たり入ったり、そんなに頻繁に彼らを家の中で見かけることはなかったのだが、この日を境に夜の間は3人の人間と4匹の犬猫たちがみっちり入ったアニマルハウスへと変貌を遂げた。
 そして犬猫たちの糞尿が家中のいたることころで見られるようになった。それに伴う強烈な悪臭、DJ.Tがこまめに掃除してくれるものの、さわやかな状態が1時間と持たない。そして猫たちはなぜか私の部屋で毎晩寝たがるようになり、やや猫アレルギーの私は、2匹の猫と一晩ともにして翌日、目と皮膚が腫れ上がったりしていた。犬たちは自分の縄張りでうんこできないせいか知らないが、くぅーんくぅーんと切なく夜通し鳴き続け、そのころちょうどエスタが発情期でアズを追い回し、あまりのエスタのうざったさに苛立ったアズは、誰かまわずシャーと牙をむきだすヒステリック猫になった。犬たちは猫たちのそんな一連の流れをぼんやりと見つめながら、隙あらば台所のゴミをあさり、台所の床はしょっちゅうゴミだらけ。夜出かけることができなくななったアズはどんどんデブになってゆき、そういえばエスタが食器棚の上から料理中の隙をねらうという技を覚えたのもちょうどこの頃だった。一軒家といえど40坪程しかなかった我が家が、さらに狭苦しくなってしまい、とにかくこれらもろもろの不都合があいまって、2週間程たって私ともくちゃんにとうとう限界がきた。
 DJ.Tに最初は穏やかに談判。「こんな臭い家、安らかに暮らせないし、恥ずかしくって友達も呼べない」「動物たちを保護したいのも分かるけど、もう少し躾けてから」というのが私ともくちゃんの共通の意見で、「4匹の動物たちは俺の家族も同様。危険だと分かってる場所におちおち放しておけない」というのがDJ.T。お互い言いたいことは理解できるけど、だからといってよい解決策がすぐにはみつからず、「でも」「でも」と堂々巡り。
 お互いの主張を通すだけ訴えるだけの会議で、あっさりと妙案を思いつくはずもなく、むしろそれが引き金となって、今まで積もりに積もった今回の件とはまったく関係のない別の鬱憤や不満がふつふつと頭をもたげ、会議自体が徐々にエスカレート。4匹のアニマルたちは険悪なムードをそうそうに察して、DJ.Tの部屋に仲良く避難。この日、3人で暮らすようになってから初めて大げんかが勃発した。「だいたいおまえが室内土足禁止にしたいっていうから従ったけど、本当は土足がよかった」から始まって「もくは料理してからすぐ調理器具を洗わないからみんな迷惑、ご飯食べる時間はみんな一緒なのに皿も朝まで置きっぱなし。一人暮らしじゃないんだから」とか「DJ.Tの週末前のDJ予行練習はうるさすぎる。あんなでっかいスピーカー(冷蔵庫サイズ×2)ほぼフルボリュームで、この前3件となりから苦情来た。普段はヘッドフォンしろっていってるのに聞かない」とか、「俺が言うまで誰も自分から家賃を俺にもってこない。なんで俺がわざわざ家賃催促しなきゃいけない毎週毎週、もうむかつく」とか「M川シャワーが毎回長すぎる。10分とは言わないけど20分程で終わってくれよ。朝なんてみんな立て込んでてトイレ我慢できない」とか「もくのひげ剃ったあと洗面台掃除してなくて髭カスだらけ。汚くて我慢できない」とか「DJ.Tが毎日ベッドシーツを洗うから、洗濯物干し場がいつも足りない」とか「だいたい犬用毛布を共同の洗濯機で洗うなよ、こっちの服まで毛だらけになるんだよ」とか「私以外誰も掃除当番の週になっても床掃除しない、決めたルールには従って欲しい、みんな大人だろ!」とか、まぁでるわでるわ、その日は明け方までテンションが上がりっぱなしだった。
 「俺、会社行く時間」ともくちゃんが言って始めて窓の外が明るいことに気づいた。朝の7時だった。話し合いが始まったのが2時過ぎだったから、5時間近く言い争ってたことになる。DJ.Tが「疲れた」「コーヒーでも飲むか」と言ったので「じゃあ私が入れる」と台所へいって3人分入れた。3人向かい合って無言でコーヒーを飲む。みんな急にぐったりとしてそれ以上何も言わなかった。もっともみんな言いたいことは言い尽くしていたと思う。コーヒーを飲み終わったもくちゃんがもそもそと支度をはじめ「じゃあ行ってくる」といつも通り会社へ出かけ、その1時間後に私とDJ.Tがそれぞれの仕事場に向かった。
 その日の夜、私はシャワーを短めに、もくちゃんは早々にお皿を洗い、DJ.Tは静かに音楽をかけていた。アニマル達は、夜間の間はDJ.Tの8畳間にしばらく捕獲することになり、生活に慣れてきた頃1匹ずつ部屋に放っていった。
 それから1ヶ月程たった頃、もくちゃんはやっぱりお皿を朝まで洗い忘れてDJ.Tに怒鳴られていたり、私がシャワー中「はやく出ろーここで漏らすぞコラ」とドンドンうるさくノックされたり、練習中にノリにノったDJ.Tがヘッドホンをはずし踊りながら、私にうるさいと怒鳴られたり、以前の生活に戻ったが、髭カスは掃除されてるようになったし、家賃は自発的に持って行くようにはなったから、甲斐はあったと思う。今回一番迷惑を被ったのは犬猫達だと思う。

 
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テーマ:ちょっとした出来事 - ジャンル:日記


 大げんかをしたときの話。

 同居人のDJ.Tは、自分の家でするホームパーティが大好きで、私ももくちゃんもパーティやゲストを招待したりするのは大好きだったから、月に1度はうちでどんちゃんさわぎをしていた。うちはあの当時、あの界隈でもっとも近所迷惑な存在だったと思う。私はドラッグが嫌いなので、入居する際にも彼らがドラッグをしていないか確認して、クリーンだと確信してから入居を決めた。そして彼らの友達にもしジャンキーがいたとしても、うちには立ち入り禁止にしてもらいたい旨を彼らに伝え、もう十分大人な彼らも承諾。ラリたいときはお酒を飲めばいいんだし。
 安全なエリアと治安の悪いエリアのちょうど境目にあったうちの前のストリートは、どう見積もっても治安の悪いほうのエリアに属していたようで、うちから100メートル程下った先で、引っ越ししてから2週間後に人が殺され、その日から私は夜8時以降はタクシーで移動することに決めた。休日の昼間、なにやらうちの向かいから叫び声がして、アパートから女が裸足で飛び出し、それを追いかけるように男が現れ、すったもんだしていたらパトカーが2台やってきて、女の方が(!)お縄になってたり。よくよく聞いてみたら8件隣は麻薬常習者が身も心も改新するための教会のような施設だったり、うちの家の脇の電信柱の下に、誰かの使用済みの注射器が捨てられていたり、もう1ストリート下れば、ショーパブやアダルトトイショップなんかがならんでいたり、とにかくあんまりガラのいいところじゃなかった。さらにもう2ストリートいけば、そこは若者達が集うおっしゃれーなところなんだけれど。もくちゃんもDJ.Tも、引っ越してくるまではここまで最悪なストリートだとは思ってなかったようで、私を気遣ってタクシーがつかまらないときは送ってくれたり迎えに来てくれたりしてくれていた。
 うちにいた猫2匹と犬2匹は、DJ.Tの所有だった。その猫は2匹とも黒猫で外見はそっくりだったが血は繋がっていなくて、若い雄の方をエスタ、年上の雌の方をアズラエラといった。エスタは雄なのに雌のような名前だからなんでってきいてみたら「エスタがちびの時ちんちん確認したけどあんまり小さすぎて見えなくって雌かと思って!」だって。エスタが人間の言葉の分からない猫でよかったと思う。関係ないけどDJ.Tはちんちんを英語で13種類も知っているのが自慢だ。ディックとコックとペニスと、私にはそれくらいしかしらないけど。日本語にしたって、ちんちん、ちんぽ、ちんこ、男根くらいしか思い浮かばないけれど。そういえば、DJ.Tの毎朝の私への挨拶は「グッドモーニング、ピスフラップス!」といった非常に下品なものだった。あえてカタカナで書いておくことにする。話がそれてしまったが、とにかくエスタは、そんな名前の由来などものともせず、大人になった今でもやっぱり小さいちんちんを振りかざしながら、必死にアズにアピールしていたが、アズは、エスタがうざくてしょうがないようで一切相手にされていなかった。どこまでもかわいそうなやつだったが、そんなエスタが私はかわいくてしょうがなかった。エスタは、カタカナの「ム」の文字がいつも眉間に浮かび上がっているようなキャラクターで、その表情は出世の見込みがなさそうな真面目なだけが取り柄のカワイイ新入社員とかそんな感じで、4匹のアニマルの中で最も私のお気に入りだった。私は猫をはじめふわふわの毛がついた動物は大好きなのだが、もともとわずかながら猫アレルギーなのもあって、それまで金魚以外のペットを飼ったことはなかった。一度一緒に暮らし始めてみたら、こんなにも個性あふれるキャラクターを動物たちが持っているなんて思わなくて、しかもそれを人間の私が感じ取ることができるだなんて知らなくて大感激!初めての動物との生活をとっても満喫していた。

 と、前置きが長くなったので力尽きたので 次回に続く。


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テーマ:オーストラリア - ジャンル:旅行


 DJ.Tともう一人の同居人、私はニュージーランドから来た彼の名にちなんで木馬のもくちゃんと呼んでいた。彼は大きなガタイの割に気は小さくて、25という実年齢に追いついていないピュアな心を持っていて、「今まで一度もつきあったことない」という事実にあっさり頷ける程、恋愛に対して10代の乙女にも負けない過剰な理想を持っていた。永遠の愛は存在するとかたくなに信じる彼に、一度裏切られたらショックで立ち直れないんじゃないだろうかと心配する反面、殺伐としているエリアに住んでただけに彼が持ってる考えにほっとするものを感じたりもしてた。住み込み始めた当初「僕はソーセージしか食べない」といってたので、それはもくちゃんばりの下品な冗談かと思ってたら、本当に毎日ソーセージにケチャップをかけるだけの晩ご飯ばっかり。そして職場の女の子はみんな俺のことをねらっている、とか25童貞(処女?)としてはありえない方向に少々自意識過剰なところもあったけど、あとで知り合いになった彼の女の同僚から聞いたらあながち思い込みだけでもなくて、彼がゲイだろうとなんでもいいんだという、とにかく一晩寝てみたい男ナンバーワンの位置を、日本で言えば大企業クラスの支店に入社した当時からキープしていたらしい。性格は悪くないけど、顔はまぁまぁにしてもガタイが大きいだけがとりえの男のどこがいいんだろうと、当時不思議に思ったものだった。私が引っ越して来た日、彼は実家に帰っていていなかったので、あとから紹介してもらったが、初めて紹介されたとき彼は黒縁のメガネに下半身にバスタオルを巻き付けただけの格好で、シャワーでも浴びてたんだろうとその時は思ったが、その後それが彼の「自分の鍛えた肉体を常に見せていたい」という願望がストレートにあらわれた結果の定番室内着だと知った。そんなもろもろの内面を臆面もなくさらけ出すもくちゃんだったが、私ももくちゃんも「基本的に出不精系だけど楽しいことなら気が向いたときのみしてもいい」という共通のスタンスを持っていたため、出かけるにも遊ぶにも同じテンポで気も遣わず、私にとってはつきあいの楽な友達だった。
 初めて一緒に出かけた夏の週末。DJ.Tはいつも通り仕事でいなくて、もくちゃんが、1階が大人の社交場、2階がストレートのクラブ、3階がゲイとレズビアンのクラブというところを教えてもらって行ってみたいというので、一緒にいくことになった。私に気を遣って、ストレートクラブもあるところを選んだのだけど、結局よっぱらった彼に引きずられるようにして3階に夜中常駐していた。もくちゃんはよっぱらうとものすごい力が強くなって「ウヒァー」とか「アェヘヘヘヘ」とかいったご機嫌な状態を表す音を連発する。彼のニュージーまなりの英語は、一度酔っ払うと理解するのは不可能で、私も酔ってるしあんまり何言ってるかわかんないからおかしくなって笑う私を見てさらに彼の笑いも加速、それをみて私も何がおかしいか分からなくなる程笑い転げ、2人して週末ゲイクラブで踊りまくり、最高潮に酔っ払ったもくちゃんは舞台上のゲイストリップダンサーに投げキッスを送りながらいきなり靴下を脱いで彼らに投げつけていた。
 このクラブからうちまでは通常歩いて15分、お互い千鳥足でよろけながら帰ったので1時間かかり、家に着いて「これ飲んで。ぜったい二日酔いにならないから」といって頭痛薬を渡される。「薬ってアルコールでのんじゃいけなかったんじゃなかったか」「さっきまで泥酔するくらい飲んでたのにお腹の中でがっつり混ざっちゃって大丈夫なんだろうか」といっても、「信じて!」というから信じて飲んだ。次の日、二日酔いにはならなかったので効いたよ!と台所で言ったら「あんなに酔ったら今度からタクシーで帰らないと危ないかもしれない」とすっかりモトの気の小さいもくちゃんに戻っていた。


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